目次
供給が落ちる型と、需要が増える型
BCPは、設備が壊れ、人が出社できず、供給する力が落ちることを前提に作られることが多いものです。だからこそ、優先する業務を絞って、限られた力をそこに回します。
ところが、災害時には仕事が減るとは限りません。むしろ需要が増える業種もあります。医療はその代表で、厚生労働省の資料には、供給する力が落ちる一方で需要が増える状況を「需給ギャップ」として捉え、その差を埋める考え方が示されています。
そして、これは医療だけの話でもありません。内閣府の「事業継続ガイドライン」でも、大規模災害時には平常時より需要が増える商品・サービスがあることや、同業他社の被災によって自社への需要が増える場合があることが示されています。
この記事でわかることは、次の5点です。
- BCPには、供給が落ちる型と、需要が増える型がある
- 医療のBCPでは、落ちた供給と増えた需要の差を「需給ギャップ」として捉える
- 埋める手立ては、中でのやりくりと、外からの支援の2つ
- 新型インフルエンザ等対策特別措置法の枠組みでは、業務の継続に努めることが求められる事業者がある
- 商品やサービスの需要が増えなくても、災害時には経営の中枢を担う仕事が増えやすい

医療は、その時点から需要が増えることがある
医療機関では、災害によってけが人への対応などが必要になる一方、設備や人手が被災によって制約されることがあります。つまり、対応できる量が減る一方で、求められる量が増える可能性があります。
だから「差」で捉える
厚生労働省の資料が示しているのは、こうした状況を「需給ギャップ」として捉える考え方です。落ちた供給と、増えた需要。この2つの差をどう埋めるかという形で整理されています。
供給を増やすことだけを考えるのでも、需要を抑えることだけを考えるのでもありません。限られた人員や設備の中で、どうやって必要な業務を継続するかという視点が重要になります。
法律で継続が求められる業務もある
ここは災害一般の話とは分けて考える必要があります。
新型インフルエンザ等対策特別措置法の枠組みでは、登録事業者について、医療の提供や国民生活・国民経済の安定に寄与する業務を継続的に実施するよう努めることが求められています。
つまり、「災害時に需要が増える会社だから法律上必ず事業を続けなければならない」という意味ではありません。どの制度・法令の対象となる事業者なのかを確認したうえで、自社に求められる業務継続上の責務を整理する必要があります。
「増える側」の、もう一つの考え方
需要が増えるというのは、多くの場合は商売上の話です。一方で、特定の制度の対象となる事業者には、社会機能を維持するために業務の継続が求められる場合があります。
自社がその枠に入るかどうかは、業種だけでなく、法令上の位置づけによって決まります。BCPを作る際には、単純に「需要が増えるか」だけでなく、自社にどのような継続上の責務があるのかも確認しておくことが重要です。
入らない会社にも、止められない仕事がある
一方、特定の制度の対象ではない会社でも、災害が起きればすべての業務が消えるわけではありません。
法令や契約上の対応、従業員への給与、取引先への支払い、顧客や取引先への連絡など、事業を維持するために続けなければならない仕事があります。
内閣府の事業継続ガイドラインでも、被災時には収入が減少・停止する一方で、給与や調達先への支払いが継続することを想定し、資金繰りへの備えが必要だとしています。
どの会社でも増えやすい仕事がある
内閣府のガイドラインは、緊急時には、普段の仕事では必要とされない広い範囲の情報収集・分析、素早い意思決定と指示、外部への情報発信の必要性が高まるとしています。
商品の需要が増えなくても、中の仕事は増える
ここは、多くの会社に関係する部分です。
自社の商品やサービスの注文が増えなくても、災害時には経営の中枢が担う仕事が増えやすくなります。
状況を集めて整理する。決めて指示を出す。外へ知らせる。
普段は少人数でこなしている、あるいは日常業務のついでに行っている仕事が、災害時には大きな負担になることがあります。
災害時に増えやすい3つの仕事
| 増える仕事 | なぜ増えるか | 決めていないと |
|---|---|---|
| 状況を集めて整理する | 拠点、取引先、従業員の安否や被害など、平常時には必要のない情報まで把握する必要が出る | 断片的な報告が各所から入り、全体像を整理しにくくなる |
| 決めて指示を出す | 止めるか続けるか、誰をどこへ回すかなど、短い時間で判断する場面が増える | 判断が一部の人に集中し、現場が指示を待つ状態になりやすい |
| 外へ知らせる | 取引先、顧客、従業員、地域などに、被害状況や事業継続の見込みを伝える必要が出る | 自社が何をしているのか外から見えにくくなり、取引先が代替調達を検討する可能性がある |
中枢を担うのは、どの部署か
内閣府のガイドラインでは、企業・組織の中枢機能を担う部署として、対策本部のほか、財務、経理、人事、広報などを挙げています。そして、それらが機能するために必要な人員や設備を確保することも求めています。
経理についても、災害時には収入が減少・停止する一方で給与や調達先への支払いが継続することを想定し、資金繰りへの対応が必要だとしています。
知らせないと、取引先が離れる可能性がある
情報発信についても、内閣府のガイドラインは明確に扱っています。
企業・組織の活動が利害関係者から見えない状態が続くと、取引先が代替調達に切り替えるなど、自社の事業継続に不利な状況が進む可能性があります。
だからこそ、災害時には「知らせる」という仕事も重要になります。誰が、何を、どの手段で発信するのか。供給が落ちることを中心に作ったBCPでも、ここは忘れずに決めておきたいところです。
「断る」も計画に入れる
需要が増える可能性がある会社では、供給を増やす手立てだけでなく、限られた供給力をどこに振り向けるかも決めておく必要があります。
全部は受けられない
これは内閣府や厚生労働省の資料にそのまま書かれている内容ではなく、この記事での実務上の整理です。
人員や設備が被災している状態で需要だけが増えれば、すべての依頼に対応できない場面が出てきます。
どの依頼を先に受けるのか。どこまでなら受けられるのか。どの条件なら新規の依頼を断るのか。
これを決めていなければ、当日になって現場が個別に判断することになります。
優先順位は、平時の順位と違うことがある
普段は売上の大きい取引先を優先していても、災害時には人命や社会機能の維持に関わる供給を優先する場面があります。
どの基準で優先順位を決めるのかを平時に話し合っておけば、災害時の判断を現場だけに委ねずに済みます。
受ける範囲を、あらかじめ決めておく
非常時に無理な量の仕事を引き受けると、途中で対応できなくなる可能性があります。
だからこそ、需要が増えることを想定する会社ほど、「どこまで受けるか」を平時に決めておくことが重要です。
医療機関のBCPの進め方
厚生労働省医政局の資料では、BCPづくりを「方針を立てる」「想定する」「計画する」「対策を講ずる」という4つの段階に整理しています。
順番が示されている
いきなり様式を埋め始めるのではありません。
まず何を守るのかという方針を決め、次にどんな災害や被害が起きるのかを想定する。そのうえで、いつ、何の業務を、どの程度のレベルで実施するのかを計画し、計画を妨げるボトルネックがあれば、平常時から対策を講じます。
この流れは医療に限りません。方針が決まっていないまま様式を埋めると、途中で判断がぶれます。想定を置かずに計画を書くと、何に備えているのか分かりにくくなります。
自社が「増える側」か、確かめる
1. 災害の翌日、電話は増えるか減るか
いちばん簡単な確かめ方です。
自社の商品やサービスが、災害の後に求められるものかどうか。増える可能性があるなら、供給が落ちる前提だけのBCPでは足りない可能性があります。
判断に迷うなら、過去に大きな災害があった時期の受注や問い合わせを振り返ってみてください。記録が残っていれば、需要が増えたのか減ったのかを確認できます。
2. 同業が被災したときを考える
自社が無事で、同じ地域の同業が止まった場合、その分の依頼が自社に回ってくる可能性があります。
その依頼を受けられるのか、受けるとしてどこまでなのか。考えたことがなければ、それ自体がBCP上の検討課題です。
3. 中枢の仕事を、誰がやるか決める
商品の需要が増えない会社でも、災害時にはここが重要になります。
状況を集める人、判断をする人、外へ知らせる人。この3つの役割に、担当者や代替担当者の名前が入っているかを確認してください。
決めていなければ、災害時に判断や情報発信が一部の人へ集中する可能性があります。
4. 受ける範囲と、断る線を書いておく
優先して受ける相手、後回しにする相手、受けられない条件。この3つを平時に整理しておくだけでも、当日の判断材料になります。
供給が落ちる話だけがBCPではありません。需要が増える可能性があるなら、その日の忙しさも計画に入れておく必要があります。
よくある質問
Q. 災害時に需要が増える業種のBCPは、何が違いますか
A. 厚生労働省医政局の資料では、医療機関について、落ちた供給と増えた需要の差を「需給ギャップ」として捉え、「迅速な(院内)調整」と「非被災地からの支援」によって埋める考え方が示されています。供給が落ちることだけを前提にするのではなく、需要の増加も含めて必要な資源を考える点がポイントです。
Q. 災害時に需要が増える業種はありますか
A. 内閣府の「事業継続ガイドライン」(令和5年3月)は、大規模災害時には平常時より需要が増える商品・サービスがあることや、同業他社の被災によって自社への需要が増える場合があることに触れています。自社の商品・サービスだけでなく、同業他社の被災によって注文が移ってくる可能性も含めて考えることができます。
Q. 需要が増えない会社には関係のない話ですか
A. いいえ。内閣府のガイドラインは、緊急時には情報収集・分析、意思決定と指示、情報発信の必要性が高まるとしています。商品の需要が増えなくても、災害時には経営の中枢を担う仕事が増える可能性があります。
Q. 医療機関のBCPはどの順で作りますか
A. 厚生労働省医政局の令和6年度研修資料では、「方針を立てる」「想定する」「計画する」「対策を講ずる」という順番で整理されています。いきなり計画書を作るのではなく、方針と被害想定を先に整理する流れです。
出典
- 厚生労働省医政局「業務継続計画(BCP)策定手順と見直しのポイント」(令和6年度 業務継続計画(BCP)策定研修事業)
- 内閣府(防災担当)「事業継続ガイドライン-あらゆる危機的事象を乗り越えるための戦略と対応-」(令和5年3月)
- 内閣官房「新型インフルエンザ等対策における登録事業者の業務継続について」
